【学術活動】顔面神経麻痺後遺症に対するボツリヌストキシンを用いたtotal facial balancing
【目的】ベル麻痺やハント症候群などの末梢性顔面神経麻痺による後遺症に対し、頚部を含めた顔面全体の静的、動的非対称を改善する目的でボツリヌストキシンを用いた治療を行いその効果と持続性について検討したので報告する。
【方法】2019年1月から2023年12月までに顔面神経麻痺後遺症に対してボツリヌストキシンによる治療を行った症例を対象とし、診療録と臨床写真を用いて後ろ向きに調査を行った。投与部位は患側、健側を問わず顔面、頚部の安静時、運動時に左右差を認める表情筋等で、それぞれ1か所あたり0.25~6単位投与した。投与後は患者に表情筋ストレッチと、ミラーバイオフィードバック訓練によるリハビリテーションを指導した。治療効果と持続性を投与前、2週後、3ヶ月後の臨床写真をもとに評価した。
【結果】24例に対しのべ93回治療の治療を行った。1回あたりのボツリヌストキシン投与量は平均15.3単位であった。全例で顔面のこわばり、静的および動的な非対称、病的共同運動の改善を認めた。ワニの涙現象を認めた1例では涙腺への投与により流涙が消失した。顔面の対称性を評価するSunnybrookスコアは治療前70.7点、治療後87.3点と有意に改善を認めた(p<0.01)。
効果の持続性については拘縮の指標として安静時の瞼裂縦径を、病的共同運動の指標として運動時の瞼裂縦径を設定し統計学的に検討した。安静時の瞼裂縦径(健側との比)は治療前0.95、2週後1.03、3か月後0.97であり、拘縮については3か月で治療前の状態に戻っていた。一方、運動時の瞼裂縦径は治療前0.67、2週後0.93、3か月後0.75と治療後3か月を経過しても治療前に比し有意差を認め(p<0.05)、病的共同運動に関しては治療効果が3か月以上にわたり持続することが明らかとなった。
【考察】ボツリヌストキシンによるtotal facial balancingは低侵襲で顔面神経麻痺後遺症患者のQOL改善に有効な治療法と考えられた。
【学術活動】
ボツリヌストキシンを用いた
顔面神経麻痺後遺症の治療
●日本形成外科学会総会(一般演題)
【ボツリヌストキシンを用いた顔面神経麻痺後遺症の治療】
《ベル麻痺》や《ハント症候群》などによる顔面神経麻痺のあとにみられる後遺症症状として下記の3つがあげられる。
①不全麻痺:顔に麻痺が残っていて動きにくいところがある
②病的共同運動:口をうごかすと目が閉じるなどの意図しない動きがある
③過剰運動:麻痺のない側の筋肉がうごきすぎて表情の左右差が目立つ
この3つの症状をやわらげる目的でボツリヌストキシン(ボトックスビスタⓇ、アラガン社)をもちいて治療をおこなった。
ボツリヌストキシンを投与した表情筋(図は投与の一例)
①不全まひが残る筋の拮抗筋
まひが残っている筋肉と反対の動きをする筋肉(拮抗筋)にボツリヌストキシンを投与して動きを弱めることで、まひが残っている筋肉の力を間接的に強める。
例:眉を上げる前頭筋のまひがあるため眉を下に下げる《眼輪筋の一部》にボツリヌストキシンを投与する。
②病的共同運動のある筋
意図せずうごいてしまう筋肉にボツリヌストキシンを投与して動きを弱め、リハビリテーションで再発を予防する。
例:口をうごかすと目が閉じてしまうため、目を閉じる筋肉である《眼輪筋の一部》にボツリヌストキシンを投与する。
③過剰運動のみられる筋肉
まひのない側の動きすぎている表情筋にボツリヌストキシンを投与することで強すぎる動きを弱めて表情を自然にもどす。
例:笑ったときにまひのない側の口角が上がりすぎるため、口角にボツリヌストキシンを投与する。
ボツリヌストキシン投与後のリハビリテーション
ボツリヌストキシン投与後はリハビリテーションをおこなう。下記のようなパンフレットを用いて方法を説明した。
治療の効果について
Sunnybrook法を用いて治療の効果を判定した。治療前後でスコアの改善は5〜22点(100点満点)であった。
治療をおこなった全例で後遺症症状が改善した。また、投与後効果がなくなる3,4か月を経過しても一定程度改善した状態が続き、3ヶ月以上経過後のスコアも治療前より平均10点以上改善していた。
まとめ
ボツリヌストキシンを用いて顔面神経まひ後遺症の治療をおこない全例で顔の対称性の改善や共同運動の改善を認めた。また、治療後3ヶ月以上経過しても改善状態は一定程度持続していた。
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10:00 a.m. ~ 18:00 p.m.
執筆
山下 明子 医師
YAMASHITA, Akiko
顔のクリニック金沢 院長
経歴:
岐阜県出身
平成15年 富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業
同年 金沢医科大学形成外科入局
平成18年 産業医科大学形成外科留学
平成26年 金沢大学皮膚科形成外科診療班
平成29年 顔のクリニック金沢専任医師
形成外科 専門医
日本美容外科学会(JSAPS) 専門医
金沢医科大学形成外科学 非常勤講師
顔面神経麻痺後遺症のボトックス治療とリハビリテーション
【顔面神経麻痺(まひ)とは ?】
顔の表情をうごかす神経である《顔面神経》がはたらかなくなることで顔の片側がうごかせなくなるウイルス性の《顔面神経麻痺》は、毎年100万人あたり300人ほどの方がかかるといわれています。石川県の人口がおおむね100万人ですから、県内で毎年300人がかかっていることになり、非常にめずらしい病気というわけではありません。
「朝起きたら顔の片側が動かなくなっていた」「知らないうちに顔が曲がってきた」といったふうに突然顔が動かなくなるのがウイルス性の顔面神経麻痺の特徴です。ヘルペスウイルスの一種による《ベル麻痺》水痘ウイルスによる《ハント症候群》があります。
※ウイルス性の顔面神経麻痺のほかに怪我や手術、脳梗塞などによって生じる顔面神経麻痺、先天性の顔面神経麻痺がありますが、今回のコラムは最も多いウイルス性の麻痺に限った内容となっています。
発症直後は耳鼻科や神経内科で治療がおこなわれます。神経のむくみを取るステロイドやウイルスの働きを抑える抗ウイルス剤の点滴や飲み薬による治療です。重症の場合は入院が必要となることもあります。症状が落ち着いてくると神経の回復をうながす治療(主に飲み薬)もおこなわれます。85%はほぼ元の顔に戻りますが、15%で明らかな麻痺や重い後遺症が残る可能性があります。
【形成外科で受けられる顔面神経麻痺の治療】
形成外科で受けることができる顔面神経麻痺治療には麻痺の原因に対する治療と、後遺症に対する対症療法の2種類があります。いずれも治療のゴールは顔の左右差、表情の左右差や生じている不都合をできるだけ少なくすることです。
●手術治療
《静的再建術》は動かなくなり下がってしまった部分を元の位置に戻すための手術で症状を和らげる対症療法です。上まぶたを上げる、下まぶたを上げる、眉毛を上げる、口角を引き上げるなどの手術です。目が閉じにくくなる《兎眼》により目が乾くなどの症状が重い場合は金属製の重りをまぶたに埋め込むことで目を閉じやすくする手術もあります。いずれも動かなくなった筋肉を動かす手術ではないため《静的再建術》と呼ばれています。
《動的再建術》は動かなくなった筋肉の動きを他の筋肉で動かすようにする手術です。ものを咬むときに働く《側頭筋》や《咬筋》の一部をまぶたや唇に移動させる方法、体の他の部分から筋肉を移植する方法は症状を和らげる対症療法です。また、《舌下神経》や《咬筋神経》を顔面神経につなげる《神経移行術》、動いている方の顔面神経と麻痺のある側の神経をつなげる《神経移植術》は神経の動きそのものを回復させるための原因治療です。
手術治療は主に麻痺が重症な場合や完全な麻痺、症状による不都合が大きい場合に適応となります。一方で細かな表情の微調整は難しいことや、加齢による変化にあわせて修正が必要になることがある点がデメリットです。
●注射治療
顔の表情の左右差、目や口まわりがこわばる《顔面拘縮》、口を動かすとまぶたが閉じてしまうなど意図しない動きが生じる《病的共同運動》といった顔面神経まひの後遺症に対しては、注射による対症療法が有効です。筋肉の動きを弱める薬剤である《ボツリヌストキシン(ボトックスⓇ)》をもちいた《ボトックス治療》です。
手術に比べると細かな表情の微調整が可能なため、中〜軽症の《不全麻痺》や《拘縮》《病的共同運動》を改善させて表情のバランスを改善させることができます。《不全麻痺》では《拮抗筋》という反対の動きをする筋肉を弱めることで少し動きを強めることができます。また、まったく動かない《完全麻痺》に対しては麻痺のない側の動きを弱めることで顔の左右差を改善させることも可能ですが、動かない表情筋を動くようにすることはできないのがデメリットです。
●リハビリテーション
顔面神経麻痺の初期治療に続いてリハビリテーションがおこなわれる場合があります。最近では早期にリハビリテーションをはじめることで後遺症を軽減できることもわかってきたため、施設によっては積極的におこなわれています。また、形成外科での手術後、注射治療後にもリハビリテーションがおこなわれる場合があります。
耳鼻科、神経内科、形成外科の担当医からリハビリテーションの方法を教えてもらい自身で続けていく場合と、リハビリテーション科に通ってリハビリテーションをする場合があります。自己リハビリテーションでは百面相のように顔の筋肉を強くうごかすことも後遺症を悪化させる原因になるため注意が必要です。
鍼治療がおこなわれる場合もありますが、電気を通して刺激をあたえるタイプの鍼治療は後遺症を強めてしまう原因となるため避けることが望ましいといわれています。
【顔面神経麻痺の後遺症について】
①顔の麻痺
時期:発症直後から
神経からの信号がなくなり顔の片側の筋肉がまったくうごかなくなるため左右の表情に差がみられます。麻痺のない側で逆に動きが強くなってしまうこともあるため、これによりさらに動きの左右差が目立ってしまう場合もあります。多くの場合は動きが回復しますが、完全な麻痺、部分的な麻痺、軽い麻痺などが残ることがあります。
②筋力低下
時期:発症後数か月〜
発症後数ヶ月たつと神経が再生して筋肉が動きはじめます。数か月うごいていなかった筋肉はやせてしまっているため筋肉の力が弱く、左右の表情に差がみられます。筋力が完全に回復する場合もありますが、全体もしくは部分的に筋力が戻らない場合もあります。
③病的共同運動
時期:発症後4か月目〜
5本に枝分かれする顔面神経が再生するときに間違った方向に再生してしまうによって口元や目元が意に反してうごいてしまう現象です。口を動かすと目を閉じてしまう、目を動かすと口元がピクピクするなど、目と口が連動してうごく症状が多くみられます。
④顔のこわばり
時期:まひになってから1年〜
うごかなくなった筋肉が硬くなりこわばりや痛み、違和感の原因になります。
もっとも多い《病的共同運動》をはじめ、まわりの人が思っている以上につらいこの後遺症を、顔のクリニック金沢では《ボトックス治療》で積極的に治療しています。
【顔面神経麻痺とボトックス治療】
顔面神経麻痺の後遺症はボトックスⓇ(ボツリヌストキシン)で治療することができます。ボトックスⓇには筋肉の動きを弱める効果があります。もともとは顔のけいれんや表情じわの治療につかわれてきたお薬です。こわばった筋肉やまちがってうごいている筋肉、まひのない側のうごきすぎている筋肉などをターゲットに少量ずつボトックスを注射することで表情の左右差やゆがみを整えます。
●治療の流れ
1.診察
まずは問診と写真撮影、表情の診察からプランシートを作ります。症状には個人差があるため、お一人おひとりに合わせた治療プランを作成します。ほかにも気になっている表情じわ(「目尻」や「眉間 」など)があれば、プランに組み込むことができますのでご希望があればお申し出ください。
2.ボトックス治療
プランシートに沿ってボトックスを注射します(下図は投与部位の一例です)。極細の注射針を使っていますが、顔のいろいろなところに注射をするので痛みをやわらげるために表面麻酔(クリームの麻酔)を塗ってから治療することも可能です。麻酔クリームを塗って30分程度おくことで注射の痛みがやわらぎます(ご希望の際は予約時にお伝えください)。
3.アフターケアの説明と次の診察の予約
治療のあと注意事項などアフターケアの説明をおこないます。また、2週間程度あとに次の診察の予約をおとりします。
4.効果判定とリハビリテーション
2週目頃に効果判定をおこないます。笑ったときの表情や口元を動かした時の表情などをみて効果が足りないところがあれば必要ならボトックス注射を追加します。
パンフレットをお渡しして表情筋のマッサージなどのリハビリテーションを開始します。正しいリハビリテーションによる相乗効果だけでなく、効果の持続も期待できます。
注射の効果は3〜4か月持続します。2回目以降は3−4ヶ月おきに治療をおこないます。まずは3回治療をうけられることをおすすめしています。その後はご希望に応じて4回目以降の治療を続けることも可能です。
ボトックスを使った顔面神経麻痺後遺症の治療は、表情筋のバランスを整えることで、自然な表情をとりもどすための治療です。顔面神経麻痺の後遺症でお悩みの方がおられましたらまずはいちどご相談ください。
料金(保険適応外、税込)
初診料(初回の診察) 3,300円
顔面神経麻痺ボトックス治療 55,000円(プランシートの作成を含む、基本20単位まで)
追加10単位 13,200円
表面麻酔(クリームの麻酔) 2,200円
再診料(2回目以降の診察) 1,100円
※リスク・副作用・合併症
・内出血(注射針が血管に当たってしまった場合)
・妊娠・授乳中の方への施術不可
・目が閉じにくくなる可能性
・目が開けにくくなる、眼瞼下垂
・表情の左右差
※ 表情じわの治療薬として厚生労働省の承認を得ているアラガン社のボツリヌストキシン、《ボトックスビスタ®》を使用しています。
※顔面神経麻痺発症から4か月以上経過した慢性期の方に対する治療です。
お問い合わせ・ご予約
TEL 076-239-0039
10:00 a.m. ~ 18:00 p.m.
執筆
山下 明子 医師
YAMASHITA, Akiko
顔のクリニック金沢 院長
経歴:
岐阜県出身
平成15年 富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業
同年 金沢医科大学形成外科入局
平成18年 産業医科大学形成外科留学
平成26年 金沢大学皮膚科形成外科診療班
平成29年 顔のクリニック金沢専任医師
形成外科 専門医
日本美容外科学会(JSAPS) 専門医
金沢医科大学形成外科学 非常勤講師